札幌高等裁判所 平成3年(ネ)210号 判決 1991年9月04日
控訴人 萩本博
被控訴人 国
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
一 本件控訴状には、「原判決を取り消す。被控訴人から控訴人に対する函館地方検察庁検察官の平成二年一〇月九日付け徴収命令に基づく強制執行はこれを許さない。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との裁判を求めるとの趣旨の記載がある。
二 本訴の請求原因は、原判決事実摘示の第二の一のとおりであるからこれを引用する。
三 当裁判所もまた、本件訴えは不適法であってその欠缺を補正することができないものと判断するが、その理由は、原判決理由説示のとおりである(ただし、原判決四枚目表五行目の「、そもそも」から表七行目の(「予定しているところ」までを削る。)から、これを引用する。
そうすると、本件訴えを却下した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないというべきである。
四 ところで、訴えが不適法でその欠缺を補正しがたい場合において、右訴えを却下した第一審判決に対する控訴につき、控訴審が右第一審の判断を相当とするときは、口頭弁論を経ないで右控訴を棄却することができるものと解すべきである(最高裁昭和四一年四月一五日第二小法廷判決・裁判集民事八三号一九一頁、最高裁昭和五七年一〇月一九日第三小法廷判決・判時一〇六二号八七頁参照)。
よって、口頭弁論を経ないで本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 磯部喬 竹江禎子 成田喜達)
【参考】 第一審(函館地裁 平成二年(ワ)第二四七号 平成三年三月二六日判決)
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
三 本件について、当裁判所が平成二年一〇月二六日になした強制執行停止決定は、これを取り消す。
四 この判決は、前項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告から原告に対する函館地方検察庁検察官の平成二年一〇月九日付け徴収命令の執行力ある正本に基づく強制執行は、これを許さない。
2 控訴費用は、被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁(本案前の答弁)
主文第一、二項と同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告を被告人とする業務上過失傷害被告事件の裁判(以下「本件裁判」という。)は、最高裁判所平成元年(あ)第九一一号事件で上告棄却となり、平成二年三月一四日、有罪が確定した。
本件裁判に基づく訴訟費用の負担につき、平成二年一〇月九日、被告から原告に対し、函館地方検察庁検察官中村雄次の徴収命令がなされた。
2 裁判の執行は、その裁判をした裁判所に対する検察庁の検察官がこれを指揮する(刑事訴訟法四七二条一項本文)が、この場合、裁判所は、速やかに裁判書又は裁判を記載した調書の謄本又は抄本を検察官に送付しなければならない(刑事訴訟規則三六条一項本文)。
3 しかるに、本件裁判において、最高裁判所は、執行指揮をすべき最高検察庁の検察官に裁判書又は裁判を記載した調書の謄本又は抄本を送付していない。したがつて、本件裁判の執行指揮をする権限を有する検察官は、定まつていない。
4 また、訴訟費用の負担額は、刑事訴訟法一八八条により執行の指揮をすべき検察官が算定するのであるが、本件裁判では3のとおり執行の指揮をすべき検察官が定まつていないので、訴訟費用の負担額を算定すべき検察官は、定まつていない。
5 よつて、被告から原告に対する函館地方検察庁検察官中村雄次の平成二年一〇月九日付け徴収命令の正本に基づく強制執行は、違法であるから、これを許さないとの判決を求める。
二 被告の本案前の主張
刑事訴訟法四九〇条によれば、検察官のする執行命令は、執行力のある債務名義と同一の効力を有し、その執行については、民事執行に関する法令の規定を準用することとされている。しかしながら、この場合の執行は、私法上の請求権を実現させるためのものではなく、また右命令に対しては、刑事訴訟法五〇二条によりその前提である裁判をした裁判所に異議の申立てをすることができ、更に、その申立てについてした決定に対しては、同法五〇四条によつて即時抗告をすることができるのであるから、右命令についての不服申立ては当然に同法所定の手続によるべきであつて、その執行については、少なくとも債務名義の執行力の排除に関する民事執行法上の規定は準用されないものと解すべきである。したがって、本件請求異議の訴えは、不適法なものである。
三 被告の本案前の主張に対する原告の反論
刑事訴訟法四九〇条二項には、「前項の裁判の執行は、民事執行法(昭和五十四年法律第四号)その他強制執行の手続に関する法令の規定に従つてする。ただし、執行前に裁判の送達をすることを要しない。」と規定されている。したがって、本件のような検察官の執行命令についても民事執行法三五条に定められている請求異議の訴えは認められると解すべきである。
理由
一 <証拠略>によれば、本件裁判に基づく訴訟費用の負担につき、被告から原告に対して、函館地方検察庁検察官中村雄次の平成二年一〇月九日付け徴収命令(以下「本件徴収命令」という。)がなされたことは明らかであり、本件徴収命令の執行力ある正本に基づく強制執行に対し、原告が請求異議の訴えを提起し、かつ、右強制執行の停止を申し立てたことは、当裁判所に顕著な事実であるから、これらの事実を認めることができる。
二 原告は、刑事訴訟法四九〇条二項によつて、検察官のなす本件徴収命令についても請求異議の訴えを提起することができる旨主張するが、そもそも、民事執行法三五条に規定する請求異議の訴えは、原則として私法上の請求権の存在又は内容について異議のある債務者を予定しているところ、本件徴収命令は、私法上の請求権を実現させるためのものではなく、本件徴収命令に対しては、刑事訴訟法五〇二条により右命令の基本となる裁判の言渡しをした裁判所に対し異議の申立てができ、かつ、右申立てに対する決定に対しては、さらに同法五〇四条により即時抗告をすることができるのであるから、右命令についての不服申立ては右手続によるべきであり、右命令による執行については、少なくとも債務名義の執行力の排除に関する民事執行法三五条の規定は準用されないと解すべきである。
三 よつて、本件訴えは、不適法な訴えであつて、その欠缺を補正し得ない場合であると認められるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、強制執行停止決定の取消及びその仮執行宣言につき民事執行法三七条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 滝澤雄次)